背伸びをしたらなにもかもお終いよ

音楽の話、自分の考え

自分で作った曲が好き2

前回の続き

自分の曲について語ったりするのは本当に楽なんですよ。例えば他人の作品だったら、発言にいちいち判断が必要ですけど、自分の曲はそれが緩くて済むから。

易きに流れて自分の曲を聴いたり語ったりするんですよ。その才能を他人の曲や作品に対しても向けたいのですけど、やっぱりそれは大変なんですよ。でもそれもやっていきたいからやるしかないのですね。

でも今回は自分の曲の話。

 

つうか読めねぇよなこんな文章。きついと思うと思うよ。

言ってることもよく分かんねえだろうなと思う。私が他人の文章読んでそうなることあるもの。なんか文字の塊がベターっと、粘土みたいで、食えないみたいな感じ。

これ(自作"チョコレットEP"の解説)、しっかりまとめたものをちゃんと別のところに、boothとかnoteとかに書いて、150円なり200円なり金をとろうかな。

自分の作った曲って、それを使って自分の好きなものを説明したりできると思ってて、しっかりやればまた面白いものができるのではないかと思う。

この記事は下書きというか、まとめる前のアイデアみたいな雑然としてるバージョンで、ちゃんとしたやつは別に金を取るというのもよさそうだな。

ハァー。

 

www.nicovideo.jp

 

ライオンね。

明るく振る舞おうとしたら陰惨になってしまった感じ。

サビの「大した罪とか犯してないので人生いままでなかったことにしましょう」って言うのがちょっと良くないね。常識的なことを言えば、人生には今まで関わってきた人もいるし、借りもあるわけで、そういうしがらみを考えたら勝手に「なかったこと」にはできないわけですよ。

だからこれはけっきょく冗談になってしまう。でもそれには願望も入ってるし、実はちょっと本気でもある。主人公は「人生いままでなかったことにできたらいい」って思ってるし、そう思わないとやっていけないところがある。

この曲の主人公の女性は重音テトさんじゅういっさい。いい年齢ですね。別にキャラクターに沿った曲を作ろうとは考えてなかったけど、この曲の主人公はそれくらいの年の女性である。なんとか自立する道も軌道に乗ってきたという年齢の女性。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」とか、陰惨ですね。作ってるときはそんなつもりなかったと思うけど、出来てみたら「夢を諦めた感」がバリバリ出てしまった。

だからこれは「ハズしてしまった冗談」みたいな痛々しいところのある曲です。主人公はそういうひょうきんな女性なんでしょう。

音楽的なことで言えるのはロックということです。ちょっとファンクが入ってしまったところがあるけど。

リズムとかドンタンドンタンで安易なもの。打ち込みって感じのチープなサウンド。こういうのがけっこう好きなんですよね。人工的な感じ。カラオケの伴奏ってまではいかないくらいの。私は好きなんですけどね。

だから、こういう音楽はサウンドとかリズムとかはどうでもいいんですよ。むしろそういうのは「ウザい」っていうところの音楽であって。じゃあいったい何を志向してるんだろうかという話ですけど。なんでしょうね。

ちょっとあざといというかいやらしいというかセコいというか。まぁやっぱり「ひょうきん」なんですね、この曲は。

最後のフェードアウトもね、よく聴いてみれば音が小さくなっていきながらドラムがバタン!って終わってるんですよ。フェードアウト中に終わってるんです。フェードアウトの意味なに?ふざけてるんですけどね。

雑に歌ってる重音テトの絵が浮かぶ。タンバリンとかパーンパーンって。

「ライオン」ってタイトルは、私は作りながら泣いてる重音テトの顔が思い浮かんでたんですけど、その顔がライオンに似てるからそういうタイトルにしました。

 

 

www.nicovideo.jp

 

えー、ほんとにね。

私は天才ではないけども、良い曲を作るなぁっていう。

果たしてこんな角度のギャグ音楽があるのだろうか。ボカロ(CEVIOですが)であります?ボカロどころか音楽全般である?あったらぜひ聴きたいてぇよ。(なら探せって話だけど)

新しくはないかもしれない。探せば似たのもあるかもしれない。

BGMなんですね。小さい音でかけてもらっても全然良いっていう。

「丸い龍」ね。

最後のオチは「ネタバラシ」なんですよ。松本人志がMHKとかでよくやってたんですけど。

「正直、龍はなんの意味もない存在である」

この曲には何の意味もないんです。ナンセンスなんです。

チョコレットEPというのは「少女性」がテーマで、まぁ少女性っていうと小難しいけど、つまりカワイイの作りたいなっていう思いがあって、カワイイのアレしたかったんです。

で、「遊び心(ぞぞぞ)」「現実(人生の味)」「現実(ライオン)」と来てたんで、最後は遊び心を前面に出した曲にしようとしたんです。

少女性と遊び心で思い浮かんだのは「不思議の国のアリス」だった。それからキーワードはナンセンスだと思ったんです。

でも少女性はあんまり出せなかったね。単にナンセンスなギャグになった。

丸い龍の「空っぽな感じ」ね。

サウンドで空っぽさとかはよくわかんないんですけどね。

やっぱり私の音楽はギャグの文脈なんだろうな。

「ギャグの文脈」ってなんだよって話だけど。

申しわけなさそうにさとうささらが「正直、」って言う。

「龍はなんの意味もない存在である」

ちょっと気まずい。

淡々とした語り部が「うわぁ、説明きいてる人キョトンとしてるよ」って内心思ってて。

だからなに、「これなんの意味もないんです」って。

それでもうみんな困ってしまう。

あ…、

って感じ。

誰も悪くないんですよ。

魔術師にもね、きっと龍を作らざるを得ない理由があったのだろう。

なかったのかもしれない。

知らない。

以上です。

自分の作った曲が好き

soundcloud.com

 

↑この曲の最後の4小節? 5:03くらいのやつ、最後の部分がめっちゃ好きなんですよ

この曲は私が作ったんですけど

 

 

www.nicovideo.jp

 

↑これは私の作った曲ではなくて、wtnbという人の曲です

自分はぞぞぞの最後のやつ、wtnbさんっぽい感じがするんですよ、自分的には

 

百鬼夜行絵巻」で、最後には太陽が出てるんですね、で妖怪が逃げてるんです

そんな感じって言っても通じるかどうか分からないけど、好きなんですよ、そんな感じが

 

soundcloud.com

 

wtnbさんも"ぼんやりと現れた朝日"という歌詞があるので、似たような何かを持っているんじゃないかと思います、これは私の想像に過ぎませんが

 

でね、私の話ですけど

"ぞぞぞ"の最後って、落語の"芝浜"のオチみたいな感じがあると思うんですよ

芝浜は「よそう、また夢になるといけねぇ」というオチなんですけど、それはものすごく粋だと思う。なんでだろうと考えたら、きっと洒落っ気があるからなんですね。

それがものすごくカッコいいんですよ、芝浜は。

洒落っ気ですよ。本当に良いなぁ。カッコいいよ。

伝えるのが難しいな。

そこには寂しさもあるんですね。寂しくて、ぽつり、って感じがして。

世界が止まるような。一瞬だけ別の世界に行ってるというか。

まぁ、そういう洒落っ気みたいなところがぞぞぞの最後にはあるんですね。

好きだなぁ。

ぞぞぞはどういう筋なんだろう。別にこれだというのは考えてなくて、聴いた人が物語を作って欲しいところもあったんですよ。ただそういうことをするのにあの曲が親切にできてるかは分かんない。親切さとかは考えてなかった。

自分の解釈では、

病気で死んだ少女がいて、少女は恋をしてたんだけど叶わなかった。

時代は昔の日本で、江戸とか、町の方。

まぁなんとなくで作ったので、作者ですけど実際はぜんぜん分かんないけど。

死んで幽霊になってね、「恨めしや恨めしや」って、それは本気じゃないのよ。洒落なんですよ。洒落で怖がらせてるいたずらっ子という。

すごいなぁ。寂しいね。

冬の風がヒュウ―っと吹いて、太陽がぽかーんって出てくる。少女が死んだ町に。

 

別に私は天才ではないけど、

そんなかなりすごいものでもない。不器用で、稚拙なところもある。

でも、やっぱり自分で作るものは、自分の痒い所に手が届いてるって感じ。

 

www.nicovideo.jp

 

これは、ごっつええ感じのキャシー塚本感ですよね。

やっぱり自分の作るものってお笑いの影響をかなり受けてると思う。

ぞぞぞとかこれとか作ってる時とか、本当はギャグを封印しようと思ったりもしたんだけどまだ無理だった。

ぶん投げてるところが好き。

あと、始まりの、

いま目が覚めた→歯を磨いて→また眠る→無限に

起承転結してるという

もうここだけで終わりでもそういうネタとして成立しそうな感じ

この歌を鼻歌で歌いながら雪歌ユフが歩いてると、ばったり会った友達に「あ、ユフじゃん。また太った?」って言われて、「意味が分からんー!!」ってキレるというのが想像できてるんですよ私は。

よくキレるんですね、このユフは。たまにキレて物事をぶん投げる。

キャシー塚本が食材「ドーン!」ってぶん投げるみたいな。

この曲はサティの影響を受けているけど、サティはもっと軽かったり、神秘的だったりする。これでサティをモノにしたみたいには思えない。

歌詞で食材を言ってるのは、スーパーで買い物をしてる感じ。たまにはそんな程度の音楽がいいですね。狙ったわけじゃないけど。

3:05からの和音、良いですね。なんかシャンプーのCMみたいな感じ。雨に打たれて気持ちいいって"ショーシャンクの空に"みたいな。

最後は雑なんですよ。鍵盤を腕を横にして抑えて不協和音をガーン!からの礼のピアノですね。ドラドかドソドか忘れたけど。起立、気を付け、礼!のちゃーんちゃーんちゃーん。はい終わり終わり!みたいな。

ぶん投げてるという。もういろいろなことが嫌なんですね。

 

 

 

ライオンとか丸い龍にもいろいろあるんですけど。また今度にしよう。



追記:

この記事を書いたのは、自分の曲を聴いて起こる感覚というのが自分にあったからだ

それは自分にとって良いものだし、書いておこうと思った

他人の作った曲はここまで理解できることはほとんどない。やはり自分が作ったものだから分かるのだろう

逆に言えば、他人は私の曲を聴いても私と同じようには感じないだろう。それはつまり理解されてないということだが、別にそれでいいという風にやっていくしかない気がする

そもそもなにが正解かも分からない

理解というのは合う合わないもあるけど、どれだけ向き合っているかというのもあると思う。向き合った結果が理解ではなく誤解でも、それはそれで許されてもいいと思う。(中には許されなかったりもするが)

他人の作った曲を自分の作った曲のように理解するのが正解かどうかは分からない。ただそれはコミュニケーションであり、私が求めているものなのかもしれないのだ。

他人の作品から他人の孤独を感じることがある。だがそれでなんだと言うのだ。

私は無力だ。理解できない。

音楽を作る人より、音楽を聴く人の方がすごい

私は音楽を作る

でもイライラすることもあって、それは「音楽を作るからってナンボのもんじゃい!」ということなんですよ

なんかそういうイラつきがある

むしろ音楽を聴く人の方が偉大だと思う

だって、他人の作った音楽を聴くんですよ?

なんか世界へと開かれてる感じがする

その好奇心に乾杯!


って言うのは、まあ、私と音楽における一種のプレイのためにそういうこと言ったりするわけ

そういう部分もあるのよ

自分が作る音楽とは恋人のようなものだとしましょう

恋人をちょっといじめたいわけですよ

だから「音楽作るなんて、しょうもない!聴く人の方が偉い!」と、そう言ってなぶるわけです、音楽という恋人を

そういうプレイなんですよ

お前なんか全然大したことない

無価値なんだぞ

そうやってなぶるのです

それが楽しい

分かるだろう?

で、音楽とSMみたいなことやって、

あー!音楽ちゃんが!音楽ちゃんがあんな!あんな姿に!!

バッバーン!バッバッバーン!!

みんな拍手!!

みたいな感じですよね


私の「音楽を聴く人の方が偉い」という意識にはそういう感じが含まれてるのだと思う

まぁ、

音楽を作るのは、なんかね

もう単に、自分のためじゃねぇかって感じ

人のために音楽作るのも、ちょっと気色悪いような気もするし


「別に一番好きじゃないのにそれをやる」っていうことの、そういうのがなんか良いって気持ちがあるんですよね

余裕がある感じがいいのかな、恋い焦がれてカリカリって感じじゃないような

「好きならそれを一番やる!」っていうのが悪いかどうかは分からないけど、それとは違って、なんかこう感覚として「別に好きでもないのにやる」っていうのに良さを感じたりする


でも不思議にね、それも一歩道を踏み外したらイラッと感じたりもすると思うのですよ

「お前なんで音楽やってんだ!そんなんでいいのかよ!」って、一歩間違えたらそう思う

この「外してる感」、どう外れてるか、難しいですね


アウトサイダーというか

中島敦の「名人伝」なのかな

作意とか、人のためとかって意識が、ちょっとね

音楽における、「無視」とか、「ズラし」とか、「約束破り」とか、「破綻」とか、「非常識」とか、

なんかいい感じですよね

でも難しい

(なんか「笑い」について語ってるみたい)


ただやっぱり人のために作ったりもすることがあるのではないかと思う

サービス精神

実はそればっかりだったりして

それは一枚めくれば自分のためだけど

その自分のためもまた一枚めくれば他人のため

いつものぐるぐる


音楽を聴く人は、慎ましい感じがしていいんだよな

「音楽を作る」よりは慎ましいだろう


でもやっぱり私には、「音楽を作っている」ということの、選民意識みたいなのはあるようだ

それは「私が私であることの選民意識」というのか。

誰も私と代わることができないだろう。

社会的には全然代わりはあるけど。


ここら辺の気持ちは、なんか文学的な感じがする。

インターネットでやるだけじゃキツい

まぁ、褒められるのは嬉しいですよね

でも「褒められるのは嬉しい」とか言うと、褒められる催促してるみたいで、嫌なんですよね

承認される悦びについて語るのは、なんだかsexについて語るような、憚られるような気がする

いろいろ作って、思ったよりウケなくて、ガッカリすることがある

でも「思ったよりウケないから、ガッカリする」と言ったら、なんかウケを催促してるみたいで、嫌なんですよね

優しい人はその発言を受けて注目してくれるじゃないですか

それで照れちゃうということが、何度かありましたけど

いや、そういうつもりじゃないのよ〜

ありがとう〜


やっぱりインターネットな

むずいよな


例えばライブで、オーディエンスを目の前になんかするという行為自体、何かこっちも受け取るものがあると思うのです

私は人前でライブやったのは、生涯で3〜4回くらいしか経験はないけど、しかも昔のことだからどんな感じだったか覚えてもないけど


インターネットは、まったくもう、分からないからね

他人に届いたのかすら分からない

だけども、再生数とか、200再生って冷静に考えたら結構なものですよ

え?200?3分の曲だとして、みんな合わせて10時間?半日も聞かれたやん。自分の音楽が世界で半日流れ続けたじゃん。

(詭弁だな、イントロで飛ばされることもあろうし、流れた時間=価値というわけでもない。でもまぁここはフワッとポジティブな波長を受け取ってください)


インターネットは聞かれた感じがあんまりない。(それは本やCDとして流通させるのだって同じだろうけど)

人がいる感じが分からない。

自分の作品を見たり聞いたりした人が、それで何を感じたのか、情報がまったく入ってこない


いや、聞いてる人はたしかにいる

良いと言ってくれた人もいる

それは忘れてはいけない

受け手としてメッセージを発信する人もいる

ただ、アーティスト側からの作品の何かが伝わりにくいように、聞き手側の作品を受けての何かもまた、アーティストには伝わりにくいものだ


松本人志は、自分が理解されてないという思いをしばしば口にしたことがある

それを口にしていた頃から松本人志は売れていた

売れてるにもかかわらず、理解されてないという思いがあったそうだ

でもそれはそうなのだ。売れてるから、ウケてるから理解されてるとは限らない

だから、創作は、理解以外の何かを求めないといけないのではないかと思うのだ


でも、ブログとかは違うよ

説明や評価は、伝わるための確たるメッセージが必要だと思う

これは「自分以後」のもの

笑いや、音楽や絵やなんかは、説明や評価以前の何かであると思う

これが「自分以前」のもの

まだよくわからないが、「自分以前/自分以後」というような概念を最近つかんだ

話がズレてきたけど、面白そうだしズレたまま進めよう


「通用する」って考えがあると思う

科学は通用する、理論は通用する

個人的な気持ちは通用しない、というか、通用する範囲が狭い

通用するというのは「理解できる可能性が高い」ということかな。

作品は「通用しないもの」、解説や評価は「通用するもの」

深く考えてないが、なんとなくそんな気がする

作品の解説が「通用しないもの」、つまり自分だけの感覚の話だと、それはもはや二次創作。

まぁ、それもいいんじゃない?

「通用するもの」はありがたい。それは建設的だ。生産的だ。それは尊いものだ。高尚な試みだ。

ある方法論に則ったものは通用しやすい。

だけど作品がないと批評ができないように、建設の前にカオスがあって、そのカオスの方も、良いものだな


プリミティブ

イノセンス

自分以前

イリュージョン

シュール

まぁそれぞれ意味は違うんだろうけど


いや、建設的な作品もあります

というか、「自分以前」なんて作品ばかりじゃないぞ

あくまで一例です

人の数だけ、かどうかは分からないけど、いろんな作品がある

何が言いたいか判然と致しませんな


話戻して、

インターネットでやるのだけじゃキツい

リアルを充実させたい

楽よ、インターネットは

インターネットはありがたいですよ

私みたいなのも、ボカロPできる

それはインターネットのおかげ

いろんな人を知れたのもインターネットのおかげ


ただ、私は金を払って、サービス業の人からサービス受けたりして、人とコミュニケーションをとるぞ

現実の人と話すのは自分の精神にいいんじゃないかしら

金を払って話を聞いてもらう

それが私には必要だ

そういう必要なものを、インターネットだけで、Twitterやブログを書いたりして、賄おうとしてもダメだな

インターネットは楽だ

もちろん、作品作るのは楽じゃないが

基本的に、置いて、機会のある人がそれを見るという関係はすごい楽

いい面もあるし、悪い面もある


けっこう前から思ってたんだよ

インターネットだけじゃダメだってな

うん

金を払って、私の話を聞いてもらおう

話聞いてもらいたい病かもしれない

話聞きたい病でもあるかもね

コミュニケーションに飢えてるんだ

コミュニケーションが満足にできない


A それは自分のせいでもあるけど

B 面白い人間が想像以上に少ないのだって悪いぞ

A いや、どんな人間も師になりえる、学ぶものはあるのだから、そこから何も引き出せないのは自分にも非がある

B それにつけても面白い人間おらんやん!!!面白いっていうか、波長の合う人間がおらんやん!!!

A だいたいそんなんおらんに決まっとるやろ!!そんな中でもやっていくんじゃ!!器用にやれい!!器用に!!

B 妥協しても面白くなさすぎるんじゃ!!辛い!!


まぁぐるぐる回りますね


あとなぁ、人との絡みが仕事関係だけになるとヤバい

最悪死ぬんじゃない?知らんけど

いろんな自分を持ってた方がいいよな

どれかでダメージ受けても、どれかでリカバリできればいい

(追記:

宗教というのは、同じものを共有できる、いろいろ人がいる、などにより「いろんな自分」が増やせるので、それが良いのだと思う。私は今は宗教には入る気はないが、いつか入ってもそれはおかしくない)


やる感じで


追記:

いいねがたくさん、再生数がたくさんもらえたって、多分追っつかないんじゃないのかな。好きだって言ってもらえたって、追っつかないんじゃないのか。

現実に金を払ってコミュニケーションすることで、果たして追っつくのかは別にそれも追っつかないと思うけど、でもまぁ楽になる努力はしたいから。


追記その2:

今日は爆笑問題のツーショット2017見て笑ったり、立川談志の「芝浜」を聞いて泣きそうになったりした。お酒に酔って楽しかったりした。

でもそんな日でも心が萎んだりする時間があったりするのだ。一日に満足できなかったりするのだ。

爆笑問題立川談志もすごいのにね、自分というのはまったくね、のっぴきならないものですな


追記その3:

なぜ人生が辛いってそれは簡単な話、仕事が自分にとって大変だから。

それが取り除かれれば楽になるし、逆にそれ以外でなんとかしようとしても辛いものは消えない。

だが、まぁ、経験や勉強をしたいので、(今の仕事を一生続けることはないと思うが)、今はまだ仕事は辞めないのだ。

簡単な話なんだな。

俺に金を払いにくいのはファンには残念だろう

「いいかい学生さん。セックスをな、セックスを…」

思いついたので書きました。本題とは無関係です。

(しかしトンカツのやつ、「内気でお洒落な娘さんに気長に惚れなさい」的なバイブスを感じるよな)

 

本題です。

私は手前の創作で今まで金を受け取ったことがない。手続きが面倒なのと、フリーでばら撒くのがインターネットへの恩返しになる気がしてるのと、あと金を取るという思い切りの度胸がないというのがある。

(追記:

ニコニ広告で私のために金を払ってくれた方はいるだろう

でも、ファンには残念だよな。私をなにか支援したいという人はいるだろう。そういう人に、選択肢を与えてないのだからな。

まぁ究極的には作者本人の勝手なのだけどね。それをタダで配ろうが、100万で売ろうが。

 

東北に旅行に行きたいとか、引っ越しをしたいとか、新しい楽器が欲しいとか、そういう費用を稼ぐために、自分の作品をネットで売るのは、一石二鳥でよろしいですよね。

そういうので金を稼げるなら、創作やる人のモチベーションにもなるよね

まぁ大抵は、大した額は集まらないだろうけどな

 

好きを与えるのと、金を与えるの、どちらかというと、金を与える方が楽ってこともある

私は好きでもないけど金を払うことよくあるよ

好きじゃないけど金は払いたいって気持ちはあるよ

金払ってアルバム買っても聞かなかったりする(バッハやクセナキスとかね)

嫌いではないんですよ、それはまだ知らないことで

いつか好きになるかもしれないし

映画の入場料を払うみたいな

まず金を払う、こともある(たまに払う)

どうなんだろうね、これは私だけ?

好きじゃなくて、金を与えてる感じだね

たかが知れてる額だけど

 

好きとかよく分かんねえからな

好きと金を並べることも、なにか問題があるかもしれないけど

あんま深い考えで書いてない、最近

 

好きになるのって、時間かかったりするけど、金を払うのは、早いからな

だって、当たり前だよそれは。金というものが、遙か昔から現代にかけて、いかに便利になるために発達してきたか

その伝わりやすさ、便利さ、たるやすごいよ

 

「いいね」がしやすい、伝わりやすい仕組みをSNSは作ってきたが。まぁ「いいね」が、人間にとって必要なものということも、言えますけど。

金でしょ。

金は後からついてくるってことも、言えるかもしれないけど。

 

なんだろうね。私が作品に金を払いたいって思うのは、一種のマウント?

そんな気持ちもあるね。

でも、マウントっていう言い方も悪いなー。

私が興味のある人が、金を受け取る気があれば、それは嬉しかったりするよ。

まぁ、私も払ったり払わなかったりだけど。

 

私が正社員になったのはデカい。

なれちゃった。

これで私は金を払う側に回ろうと思った。

 

いかがでしたか?

ぬ「お金」と「いいね」については、結局分かりませんでした!

でもこの問題が重要であることは間違いなさそうです!

それではここまで読んでいただきありがとうございました!

なぜパロディが好きか

パロディというのは好きですね

音楽のサンプリングとパロディは違うのかな


落語はねぇ、新作というのもあるのだろうけど、今まで語られてきた古典を演じる時に、それがどう語られてきたか、みたいなのがあるだろう

伝統、というのではない

文脈?

芸というのは、なんでしょうね

立場?

なんでしょうね?


簡単なパロディというのもあるけどね

簡単なメタフィクションみたいな

思想も面白味もないようなやつね


「それアレやーん」って言う、笑いはあるんですけど

私は「文脈ズラし」って言ってるけど


誘拐犯「娘は預かった」

厳格な父「娘はやらん」


これは文脈ズラしですね

ここにぶっ込んでやったーゃ、みたいな

どうじゃいどうじゃーい、という

好きなんだなぁ


比喩とかね、好きですね

まぁ個人的なものも出せる

その人の脳のメモリーに、近いところに置かれてるもの

個人的な感覚で近いものね


家の近くのアパートの色(緑と白のストライプ)が「メロン味と思わせてメロン味じゃないキャンディ」みたいだと思ったり


こういうのは脳でなんかの計算が行われてるのだろう

計算というか、処理が行われてる

それは電話帳をサッと見て、そこにある電話番号を暗算で全て足し合わせるみたいな、かなり計算量の多い処理かもしれない


リスペクトでやるパロディというのもありますね

うーん

まぁそれはパロディというか、芸を受け継いでるというか、継承というか

「おんなじところに立ってくれたかぁー」っていう

「ありがとう」っていう感じ


それとは違うやつで


例えばね、人間の体に、スイカとか?スイカは違うか。まぁマネキンの首?うーん、人間の首っぽい何か。それをつけて、なんか怖いですよね、そういう不気味なところもパロディかもね

違和感ですね

「そこはそれじゃなくない?」みたいな

ちょっと怖い感じ

好きかなぁ

そういうの、好きだなぁ

うわー、すごいなぁーって感じ


いがらしみきおの漫画で、豚がマントして歩いてて、すれ違った男が「豚のくせにマントしやがって」みたいなこと言って

豚は次に女性とすれ違うのだけど、女性はなにも言わない、豚はちょっとそれが気になる

女性が家に帰ったら、その家では、コタツの台がエプロンかけてて、それがお母さんなんですよ


???


これ、感想はなんだ

「アホか」って感じですけど

そりゃ、コタツがエプロンしてお母さんなんだから、そんな家庭で育ったら豚がマントしてるくらいなんとも思わないだろ、ってことなのか


なんかね、こういうの出されると、勝負してる感じがして、良いんですけど

作者と勝負してる感じ

好きだなぁ


パロディねぇ

アイアムサムっていう映画で、主人公のサムは知的障害者シングルファザーで、娘と離れ離れにされるかもしれないって裁判の時になんかセリフを言うんですよ。「知的障害者にマトモな証言できるかい」と高を括ってた相手側の弁護士(?)はビックリするんだけど、それは結局は映画かテレビかのセリフだった。「なーんだ、フン」みたいになって。

べつに映画かテレビのセリフでもね?

いいんじゃないかと思うのだけど。

印象に残ってるシーンだ


いいよなぁ

決まりきった挨拶みたいなのね

短いのはつまらないけどね

葬式で「お悔やみ申し上げます」みたいなだけじゃつまらない

いっそ、お悔やみの言葉は、「おひかえなすって!」みたいに形式が決まってて、言い立てみたいに、式ではそれを覚えて言うだけみたいなのが、いいんじゃないかな

地域によってちょっと差があったりして

そういうのいいんじゃないですかね


パロディ好きですね

繋がってる感じがいいのかな

あれもこれも組み合わせて君だけの最高の面白を作ろう!

みたいな

わー!いろいろ使える!ヒャッホーゥ!みたいな

カードを組み合わせて楽しい、みたいな

そういうの楽しいですね

薄味の繊細な乙なもの

薄味の繊細な乙なものがある、作品などがある

例えばブルース好きが、クリーントーンを絞ったエレクトリックギターでブルースのフレーズを弾くなど、乙である

酒を飲むのが趣味という人が、自分でちょっとしたツマミ、きんぴらごぼうなどを作るなど、乙である

ただこれを人に食わせたところで、「薄味の繊細な作品で乙なもんだねぇ」となるとは限らない

でもなんかあるんですよ、そういうのが。「私これ自分的にめっちゃ好きで乙なんですけど〜」って言うものがね。

ちょっとした趣味人というか、通人の世界ですね。

だからまぁマニアックなもので、こればっかりやるわけにもいかないだろうけど。

でも「薄味の繊細な乙なもの」、愛せるのですね

kuuu〜

薄味の繊細な乙なもので、攻めたいよね

たまにそんな気分になるよね

まぁまぁ創作する人はあったりすると思う、薄味の繊細な乙な自作

それが、他人はよく分からないとシュールって言われたりすることもある

まぁシュールと言うのも間違いではないのかもしれないけど、本人的には、シュールはちょっと違うと思うこともあるんじゃないのかな

(私はシュールと言われた記憶はないですが)

シュールではなく、薄味の繊細な乙なものなんですよ

(これも違うって言われるかもしれないけど

「薄味の繊細な乙なものコンピ」

他人とかもしかしたら分かんないかもな〜、という


歩いてたりするとたまにそういうネタが私にフラッシュしたりするのですよ

それを四コマに描いたりする


飼い犬がいなくなった幼い兄弟

必死で探して、飼い犬が見つかった

「お兄ちゃん!ムーがいたよ!」

泣いてた弟が見つけて喜ぶ

しかし兄はその犬に違和感を感じる

「待て、たかし。その犬は本当にムーだろうか?」

「ムーだよ!」

弟はキレる。お兄ちゃん!なんでそんなこと言うんだ!紛れもなくムーじゃないか!ムーを連れて帰ろうよ!

しかし兄は間違えてよその犬を連れて帰ったら大変だと慎重な構え

みたいな状況。


薄味の繊細な乙なものですね。

多分、これが私のネタじゃなくて他人のネタだったとして、犬探す兄弟とか言われても私は「どこが面白いの?」ってピンとこないでしょうね

自分で思いついたから、薄味の繊細な乙なものというか

まあそういうことばっかりやってると孤独になるだろうけど

それでも、それで勝負したい気持ちもね、出てくるというね


追記:

友達などからそういう「マイ薄味の繊細な乙なもの」聞くの好きなんですけどね

そういう会を開きたい

「私の乙はこれでございます」って

スクール水着を着た子供が磯で遊んでるのが好きですみたいな(性癖みたいな例えだけど)

私の友人からも一個そういうの聞いたことあるけどそれは友人のものだからここでは話さない

俺は友人のそれはよく分からなかったけど、でもそういうやりとりが、また乙なものなんだよねぇ