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ミックホップというジャンルについて

ミックホップというのはヒップホップの要素を含んだボカロ音楽のことです。このジャンルが成立したのはつい最近のことです。その成立の始めにはネガティブな意見もいろいろと言われたそうです。しかし、何があったかtwitterなどで調べたけど詳しくはわかりませんでした。おぼろげにわかったのは、そのコミュニティ性を批判されたり、「ビートが黒くない」や「トラックに目新しさがない」という批判があったようです。このことは後にまた考察します。

 

ミックホップの初期作品として重要なのは"MIKUHOP EP"だと思います。これはさまざまなアーティストが参加しているコンピレーションアルバムで、無料でダウンロードできます。

omoidelabel.bandcamp.com

 

それから無料でダウンロードできるミックホップLP<MIKUHOP LP | Stripeless>というのもありますし、有料でダウンロードできるミックホップLP2:Border<MIKUHOP LP2:Border | Stripeless>というのもあります。その中心には”しま”という人物がおり、これらのアルバムの企画や運営に携わったプロデューサー・ディレクターです。彼もまたミックホップについて重要な役割を果たしています。

 

それから「初音ミクの証言」という作品があります。これは日本のヒップホップのラッパーたちがマイクリレーをした歴史的作品である「証言」という楽曲のボカロによるパロディです。しかし、歌詞そのままトラックそのままの単なるカバーではなく、7人ものボカロPとビートメーカー、ほかディレクターやマスタリングなど多くの人が関わった、内容的にはオリジナルのもので、ミックホップ史における換骨奪胎の重要作です。

 

初音ミクの証言 by 松傘 VOCALOID/動画 - ニコニコ動画

 

ミックホップにおける重要な人物・作品を紹介していくのはここらへんでやめておきます。興味を持たれた方は”しま”プロデューサーや、上にあげた作品を中心にたどっていってください。

 

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ミックホップでひとつ言われている(いた?)ことはコミュニティ色が濃いということです。情報が少ないので曖昧な言い方となりますが「コミュニティ色が濃いことに関連してその言葉の成立の初期に一部の人がこの言葉で不快な思いをしたことがあった」ようです。しかし、私は実際にその一部始終を見たわけでもなく、また誰かがその件をまとめたものを参照したわけでもありません。私がミックホップの歴史に関して持ってる情報は少なく、せいぜいtwitterでミックホップというワードで検索して得たくらいのものです。

ところで、そもそもここで言われているコミュニティとはいったいなんなのでしょうか?何か特定の団体のようなものがあって、それに名前がついてるのでしょうか?

思うにミックホップの特定の団体は存在しません。(あるいはコミュニティ性の批判のやり玉に挙がった固有名詞はあるのかもしれませんが、当時の事情を詳しく知らないので何も言わないでお茶を濁します)

そこにあるのは「ミックホップ勢」と呼ばれる漠然としたまとまりだと思います。(とは言ってもその呼び方で話題となることはほとんどありません。主にtwitterでの呼称です)

ところでミックホップを発信するネットレーベル(レーベルとはざっくり言って音源発信組織)は存在します。私が代表的と思うのは先ほどから名前の挙がっている”しま”の主催するStripeless Labelです。しかし、このレーベルはミックホップ限定というわけではなく、他のジャンルの作品も意欲的に発信しています。なので「Stripeless Label=ミックホップ」という単純な式は成り立ちません。

現状ではミックホップというジャンルの中に異なる名称・思想のさまざまなコミュニティがあるというわけではなく、ミックホップ全体が漠然としたまとまりになってる印象です。もっとも、ビーフ(誰かが誰かを攻撃(ディス)してそれにやり返すというヒップホップにおける抗争)はあったようです。(この場合、ディスの構図は「ミックホップのメインストリームvs周辺の個人」だと思われます)

ミックホップのコミュニティの構図は基本的に「ミックホップ勢」と「その他」であり、先ほどの「コミュニティ色が濃いことに関連してその言葉の成立の初期に一部の人がこの言葉でした不快な思い」というのは、「その他」の人々が「ミックホップ勢」と見なされることに対する不快感だったのだと思います。(しかし「ミックホップ勢」が徒党を組んでいるわけではありません。たまに手を組むことはありますが、その一人ひとりは基本的に独立しています。対立はほとんどないけど、その代わりバンドのような強い結束力があるわけでもない印象です)

「ミックホップ」という言葉・ジャンルはまだ発展途上(あるいはもうこれ以上発展しないのかもしれない)であり、(食うか食われるかのコンペティションとして)内部勢力のバリュエーションに乏しいのでその言葉自体に、ひとまとまりの「コミュニティ性」がつきまとっているのです。「コミュニティ色の濃さ」はその言葉が流通し多くの人々に使われていく間に薄まるものだと思います。内部でディスが発生したことは、ミックホップという単細胞が分裂してより高度な多細胞生物へと変貌していく希望を感じさせるものでした。

この楽曲は「初音ミク」を使ってることで同じ土俵に立ってるわけでそれは素晴らしいことです。人間のヒップホップのラッパーがミックホップをディスるよりは意義があることだと思います。

 

¥THUG_MIKU - reMIKUtance by ¥THUG MIKU - ニコニコ動画

 

しかし、この楽曲も2014年のもの。それからミックホップの強力な反乱分子が現れてないことを思うと「ミックホップ勢」vs「その他」の構図だけのまま安定するのかもしれません。(もちろんそれは悪いことではありません*1)

私が反乱分子になるという手もあり、狂犬のように周りに喧嘩を売り始めたらめちゃくちゃ面白いでしょうが、もちろん怖いのでそうはなりません。意見だけ言って高みの見物という姿勢は超ダサいのですが、許してください。

 

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これからこの記事で私はミックホップの「コミュニティ色が濃い」という側面を全て切り捨てようと思います。(正直に言えば全て切り捨てることが可能なのかわかりませんが)つまり「ミックホップ」という言葉を「ヒップホップの要素が濃いボカロ音楽」という狭い意味で考察していこうと思います。

 

そもそも私がミックホップという言葉と出会ったのは、自分のアイデアの名前を知りたくて「ボカロ ラップ」でネット検索したのがきっかけでした。RATMやベックなどのラップするミクスチャーロックの影響から、私はごく自然に「ボーカロイドにラップをさせる」ことを思いついたのでした。

調べたところボカロにラップさせることは「ボカロラップ」と呼ばれているようでした。それともう一つ「ミックホップ」という言葉も知りました。当初私はボカロラップとミックホップという言葉の違いが分からず、どっちも同じようなものだと思っていました。そしてボカロラップよりはミックホップという呼び方の方が気に入ったので、私はミックホップという言葉を使うことにしました。なぜ私がこの二つが同じようなものだと思ったかというと、それは私がヒップホップというものを真剣に考えてなかったからだと思います。素人だから適当でも許されると思っていたところは正直あります。

 

話は変わりますが、「人間じゃない機械(ボーカロイド)が歌うのはキモい」という意見を私はネットなどで知りました。その意見に関しては感想は個人の自由だし、それに私はボーカロイドが嫌われようが好かれようがどうでもいい感じの人間なので不問のままにしておきます。私が思うのは「歌うだけで嫌われるボーカロイドがラップしたらもはやそれはギャグなんじゃないか」ということです。これがラップじゃなくて読経やホーミーやヨーデルやデスボイスでもギャグです。例えば初音ミクがこのような特殊な歌唱をすることに対し、ボカロをキモいと思ってる人は「調子に乗るなよ初音ミク」と思う事でしょう。(実際には歌ってる時点で嫌悪感はメーターピークの赤で、特殊な歌唱しようが総じてクソで違いはないと思うのかもしれません)

 

ボカロは人間が歌う音楽に対するカウンター(反動音楽)と言ってもよいでしょう。ある時点に本来は仮歌に使われていたソフト(ボーカロイド)を楽曲のメインに据えるという革命が起き、ボカロは人間の声のオルタナティブ(代替的)な選択肢となりました。

ボカロ音楽というのは「ボカロ(に限らず音声合成ソフト)を使用した音楽」のことで、その一点が他の音楽とボカロ音楽を分ける分水嶺です。たったこの一点にどれだけの意味を持たせるかによって、ボカロ音楽のコンセプトが変わってきます。もちろんほとんど意味を持たせないことも可能で、ボカロを使ってる人全員が既存の音楽に対する反抗という使命を帯びているわけではありません。

ボカロ音楽のカウンターの性質はボカロ音楽のロックでもテクノでも演歌でも継承することが可能です。その流れでミックホップというのは「ヒップホップへのカウンター」という事ができるでしょう。(もっともボカロをコーラス(ほとんどシンセ)のように使うこともあり、その場合また別の意味が発生するのかもしれません)

要は「ボカロを混ぜることでエキセントリックなヒップホップとなり、本来のヒップホップからある程度離れた自由な曲作りができるのではないか」ということです。

 

では、ミックホップはヒップホップと比べてどう自由なのでしょうか?

「自由」というのは「必ずしもヒップホップの人々が頑張ってる土俵と同じ土俵で戦うことはない」という意味です。

ミックホップ(MIKHOP EP)が受けた「ビートが黒くない」や「トラックに目新しさがない」という批判と絡めて考えてみましょう。(実際に黒くないか、新しくないかはここでは問題にしません)

この批判で感じるのは「ビート」や「トラック」ばかりに注目され「ヒップホップにボカロを混ぜた」という功績が軽んじられていることです。これは「ボカロ=単なる人間の声の代理」という認識から起こる軽視なのでしょう。

ミックホップとヒップホップは合同でぴったり重なりあうものではありません。はみ出す部分があります。

それはボーカロイドの領域です。

ミックホップは、ヒップホップの観点だけでなくボカロ音楽の観点からも評価されるべきです。ボカロ音楽の視点から見れば「たとえ40年前のオールドスクールのようなミックホップ」でも新しいのです。ヒップホップで見れば化石のような音楽でもミックホップで見れば新しいのです。

これは一種の逃げだと批判されても仕方ないかもしれません。しかし、ヒップホップの傍流として生まれたミックホップ(*2)が、これからヒップホップと同じ足取りを歩まなければならないことはありません。まったく別の方向で発展することもできると思います。

 

要するに「それほどヒップホップを意識せずとも、ある程度好き勝手やってもいいだろう」ということです。(*3)

 

(*1)悪いことではないと言ったのは、ヒップホップとミックホップは別物であり、ヒップホップと同じビーフという発展のしかた”以外”もアリだということです。(もちろん、ヒップホップと同じ文脈でミックホップの制作を頑張ることも可能です)

(*2)私はミックホップは「ボカロにヒップホップを混ぜた」ではなく「ヒップホップにボカロを混ぜた」ものだと思ってるので、ヒップホップの傍流と言ってもいいと思います。だったらヒップホップの文脈で発展していくのが筋かもしれませんが、でもボカロの部分も無視できない要素なので、そこらへんはこれからなるようになっていくと思います。

(*3)「ある程度」のラインは、これからミックホップがさらに発展していけばおのずと決まると思います。とにかくこのジャンルの未成熟さにいろいろと問題があると思います。(もっとも、私はミックホップを”盛り上げよう”なんて間違ってもそういう方向で活動はしません。だってそれはちがうんじゃねぇのかい?)

 

 

以上です