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チンアナゴLP Garden

stripeless.bandcamp.com

 

チンアナゴという変な生き物がいまして、それをテーマにしたボーカロイド・コンピレーションアルバムがあります。その名もチンアナゴLP。

このコンピレーション・アルバムは45曲もの楽曲が収録されており、あまりにも多いので3枚に分けられています。「Garden」「Aqua Gallery」「Kaleidoscope」ジャケットもそれぞれ違った絵師が担当しています。他に進行役なども入れて、総勢約50人もの人たちが制作に携わり出来たものです。

キーワードは「チンアナ感」。チンアナ感があることが、このコンピに参加できる絶対条件でした。

しかし、この「チンアナ感」という謎の概念はいったいどういう意味なのでしょうか。

このアルバムの制作に携わった約50人の人たちはチンアナ感を最初から分かっていて、このコンピレーション・アルバムに臨んだのでしょうか。

それは多分違うと思います。ほとんどの人はチンアナ感がなんなのか、はじめは分かっていなかったと思います。

そんな中で、チンアナ感について各自が考えながら手探りで作りあげたもの、それがこの三枚のコンピレーションアルバムだと思います。

主催者のMaysysの楽曲「This is my チンアナ感」このタイトルは、「私が個人的にチンアナ感について考えた末に出来上がったものがこの曲だ」という意味だと思います。

チンアナ感とは、このように画一的なものではありません。人それぞれのチンアナ感があるようです。だから、それぞれの楽曲には様々な個性があります。しかし個性的ではあっても統一感を欠くものではありません。チンアナ感の解釈に個性はあるものの、表現されたものはやはりチンアナ感なのです。統一されていて当然です。そしてそれこそが、コンピレーションアルバムというものだと思います。

聴く前に、そもそもチンアナ感が何なのかわからない。それは当然のことです。このアルバムには一種の謎解きの楽しみもあります。最初から分かっていてもつまらない。

そもそもチンアナゴを知らないという人は、まずチンアナゴの動画なり画像なりを見るか、あるいは実際に新江の島水族館に行って生のチンアナゴを見るなりして、このアルバムを聴くとよいでしょう。

もしかしたら、あなたがチンアナゴに感じた感情と同じものを誰かの曲で感じることができるかもしれません。その人を知らなかったら、調べてみて、その人が作った他の曲も聴いてみると、ぴったりハマることもあるかもしれません。あなたとその人は、同じチンアナ感を共有してるかもしれないのだから。

 

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というのが、前置きです。長くなってしまいました。本題はここからです。

今からこのチンアナゴLPに収録された全曲の感想を1曲ずつ述べていきます。

 

まずはGardenからです。このアルバムの大まかな説明をしましょう。

まずジャケットを見てください。都会的な格好をした女性がスマホを持って立っている。その前景にチンアナゴと熱帯魚が泳ぐ水中。中川一のさわやかなイラスト。三枚の中で、一番熱を感じるのがこのアルバムです。さながら夏の太陽に温められた海の、白い海底に顔を出す無数のチンアナゴのような曲が収められています。

 

「chinanago mode」 room

一番はじめの曲。 チンアナゴ状態。

パーカッションの質感が良い。そして4つ打ちを止めて、ピアノで引き延ばされた余韻。

4つ打ちを使っていますが、シンセの甲高いサウンドではなく、だいぶ落ち着きのある曲です。まるで自分の心臓の音のような4つ打ち

秘密の言葉のように繰り返される「チンアナゴモード」、言葉はゆっくりと温められて、ほどけていく。そしてサックスが挿入される。まるでチンアナゴたちが海底の白い砂からどんどん顔を出してくるみたいに、音楽が展開していく。エレガントです。

 

「熱帯とユートピア」 ボサツ

快感の鍵穴に何度もインサートしてくるような曲。繰り返しがすごく心地いい。

個人的にかなり好きなファンクです!しかし、ファンキーながらもボーカルの声質は不思議な傷ついた少年のような声です。

この曲には、孤独だけど、決意のようなものを感じます。孤独だと感じるのは、多分その決意の力強さにあるのだと思います。「価値があるんだ」と表明することの強さ。

月並みな言い方をすれば、すごく元気が出る曲です。

 

「ブラックチンアナゴを探せ!」 rjnk

湿度の高い空気みたいなギター、ジャングルの巨大ナメクジみたいなのぶとい単音シンセ、迷子のような声のボーカル。同じところをぐるぐる回る感じ。

さまざまなパーカッションによって展開していきます。走ったり止まったりのノリ。それでも巨大ナメクジは気にせずノロノロ動く。

リズムが一転し、拍子が変わる二層構造。その時はいっしゅん霧が晴れたような気がしますが、どこかにたどり着けたわけでもなく、さらに深いジャングルの奥に迷い込んでいきます。

いろいろなものが見つかるけど、お目当てはなかなか見つからない。そこでタイムオーバー。目覚まし時計のアラームで、夢から引き戻されます。

 

チンアナゴの水中」 みみみエナ

ファンキーなオルガンとスラップベース。裁断された音を並べて構成しているようです。音が上下左右に跳ね、大きく振り回される。そのドライブ感がここちいい。まるでチンアナゴたちの体操。

逆再生をも駆使して、引き延ばしたり縮めたり。痙攣のように繰り返される言葉。同じ瞬間を何度も体験するかのような、超時間的感覚。やったことはないけどもしかしたら幻覚作用のあるドラッグのトリップはこんな感じなのかもしれない。

しかし、あくまでリズムはキープされている。カオスのようでグルーブはちゃんとある。だからこそ、それに身を任せられるのです。

 

ana_go_to_juk」 緊急ゆるポート

リズムをジャストのタイミングからずらすことで独特のノリを作っています。声ネタのボーカロイドがおそらく英語ライブラリで、鼻にかかった揺れ揺れの発音。さまざまな音が混然一体となって展開していく。音が増え、リズムが複雑になったところで、一度クールダウン。そして再び展開していくリズム。ある部分は引き延ばされ、ある部分は縮められている、カオスの再燃。

そして突然現れる、エンディングへの疾走感。リズムがすっきりとして、声もメロディを獲得しました。我々になじみの深いポップミュージックのノリです。すべてがうまくいったような安心感と、なぜだか寂しい感じ。胸がドキドキします。

 

「君を待ってる」 Maysys & Atow

砂浜に座り、海に反射する太陽を眺めながら待つ。遠くから聞こえてくる声。内省的なビート。今は海底に沈んでしまった古代の都市のような雰囲気。しばし物思いに心をたゆたわせていると、右から聞こえてくる機械的なうねり。オーパーツの機械の鳥が出土。

時間が経てば状況も変わってくる。ビートが早口になる。オーパーツの鳥は今は空高くに飛び立ち、さえずりが耳から離れていく。何かが起こる前兆。待っていた人が遠くに見えた。心がはやる。

邂逅。会えば会ったでなんだか照れる。時間は再びゆっくりと流れだす。たった今、確認できたことが歌になる。

 

チンアナゴだよ」 ヤヅキ(激おこP)

チンチン!チンチン!チンチン!チンチン!チンチン!チンチン!チンアナゴ

難しい理屈はいらない!スネアのヌケがイイねとか、リズムの変化が凝ってるねとか、ギターのカッティングがいいねとか、そういうことはいろいろ言えるけど、そんなことよりもまず一聴、いさぎよく気持ちいい曲です。

この記事で俺はガーデンに収録された様々な曲を聴いて思い浮かんだ情景を書いてきました。しかし、この曲は情景なんて拒否してる。今ここに鳴った音こそ本物!

青春?違います、今です!

 

「つながってるとしたら?」 コウテイ

スライドギターでしょうか、かなりブルージーです。 レモンを絞るようなスクイーズ。音の立ち上がりがゆっくりなオルガンとクラリネット(?)の伴奏でさらにブルースの香りが出てます。

全体的にカッチリとした堅い雰囲気ではなく、かなり気怠い感じですが、しかしながら緻密に構成されています。安易な展開を意図的に避けている。だけど緻密な構成ながら、遊びもけっこう混じってるのかもしれません。それは決して悪い意味ではなく、ある条件の下でどれだけ自由にいろいろなことが出来るのか、そういう一種実験的なことをやってるのではないか。そういう楽しさもある曲です。

 

チンアナゴの理性」 荒木若干

どんどん緊張感が高まっていく曲。粒だったカッティング、適度にひずんだメインリフ、ディレイのかかったクリーントーン、さまざまなギターの音色が使われており、「外はカリッと、中はふわトロ」という食感の曲です。 

特筆すべきはものすごいシンコペーションヘッドバンキングで頭を前に思いっきり振って、ゆっくり戻すような感じ。

曲全体に広がっているのは緊張感、苛立ち、苦痛、不安といった感情。かなり不良のチンアナゴです。それも一昔前のヤンキーのツッパリという感じではなく、都会の路地裏でフェンスにもたれかかってる不良。

街の上には青空が広がってるが、ビルの下ではケモノたちが息を詰めて眠っているのだ。

 

「途中でゴォ!」 ニニヒと雲

かなり尖ったサウンドのロック。ノイズなのかフレーズなのかわからないアグレッシブなギター。攻撃的ながらもテンポは流れるマグマのように遅く、岩盤浴のように体の中の悪いものが気化して出ていく。聴けば胸に溜まったドロドロした叫びを搾り取られ、ヘロヘロになります。

優れたボカロアルバムである「No Vocaloid」に参加していた二人の共作ということもあるのでしょうが、この曲で俺はチンアナゴLPがボカロ音楽のアルバムだということを思い出しました。これほど爆音のギターでありながら、初音ミクがカワイイというのはとんでもないことだと思います。歌うことの楽しさを知ってるような元気な初音ミク。サビに入る時のコーラスとギターのハーモニーは凄い。

 

「すながちなすいそう」 m.moriz0

憂鬱ながらもべったり貼りつく感じじゃないところが見事。とてもいい感じにソフィスティケート(都会的に洗練)されてます。といっても、変なシンセ混ぜたりするようなうさん臭いソフィスティケートではなく、あくまでもシンプルなものです。楽器構成にそういう余分なものが混ざってないから"等身大の誰か"を感じることができます。

歌詞には非常に淡々とした諦め、投げやりのようなものが漂っています。それは日常のエアポケットのような個人的な時間での内省、たとえば真夜中にふと目が覚めてしまった時のあの疎外された時間の、孤独とか不安とかそういうのがないまぜになった心象だと思います。それを誰かに伝えたいと思っても、彼らは砂に潜って出てきてくれない。それならこっちも水でも飲んでから、また布団に潜り込むしかありません。

 

「進化」 leas

手のひらにすっぽり収まるような小さな音楽です。淡々と歌われる独り言。置いてけぼりにされる感覚。しかし、変わっていくのは周りだけではありません。自分も例外ではなく、選択を迫られているのです。

そして選んだのは、「ぴったりな自分」というよりはあまりにもささやかな自分です。自分と世界、あるいは自分と他者の距離。かなり遠いという感覚。海底の砂と夜空の星ほどの距離です。しかし、そこにあるのは救いのない孤独のみ、というわけではありません。少なくとも星たちは優しく瞬いているように思えます。

「進化」という視点は遥かなるものです。このチンアナゴは星空の視点から自分を眺めています。進化は巨大な力であり、全てが否応なしに変わってしまいます。チンアナゴはそれを理解したうえで小さな声でメッセージを発するのです。「私は世界の一部であり、そしてここにいる」と。

 

「星夢見るチンアナゴ」 夕立P

 七夕の天の川をイメージするサウンドです。

歌詞の視点は人間であり、チンアナゴを他者として眺めています。その視点からは、一見して弱い生き物であるチンアナゴに対する優しさを感じます。

キーワードは星です。星は我々が生きているこの地球から遠く離れているものです。海底にいるチンアナゴたちは、純粋な好奇心からか遠く離れた星を夢見ています。そして奇しくも彼らはまるで、海の底の星座のように見えるのです。

か弱いチンアナゴと壮大な星というコントラスト、そしてそのふたつから同じものを見つけることのできる人間の目。この三者を結ぶのが歌です。七夕の短冊に願いを込めて歌った昔の歌人のような、そんな趣を私は感じます。

 

「ゆらめき」 known

さまざまな楽器を使ったオーケストラのような編成です。曲が展開していくにしたがって、静かな海の水平線から昇る日の光のように音楽が立ち上がっていきます。

空間を生かしたサウンドは特筆すべきものがあります。しかし、その広大な空間の中で、歌を歌うのはたった一人です。この曲はいたずらに壮大なものではなく、むしろ個人にそっと寄り添ったものなのです。

私が面白いと思ったのは、歌詞に「匂い」という言葉が出てくることです。珍しいと思います。匂いは記憶と深く結びついています。一番原始的な感覚でありながら、目で見えるものほど顧みられません。匂いの思い出は、往々にして肌の温もりと結びついています。過去の温もり。しかし今はたった一人です。それでも歌う彼は過去に囚われてばかりではありません。今に揺らめきながら”君”を見ているし、”君”が隣にいる未来を夢見ているのです。

 

「ガーデン」 青屋夏生

チンアナゴLP Garden」を締める曲。タムが南国を思わせます。グリッチ感。飛行機に乗ってたどり着いたガーデン。小さな箱庭から急に開ける熱帯。チンアナゴたちの祝祭。そして波が引くように落ち着きます。それぞれが自分のあるべき場所に戻っていく。ゆっくりと準備が整えられる。そして歌が始まる。歓喜、肯定、礼賛。生まれた時から共にある音楽の姿。

海底、生命、このアルバムを通しての重要なモチーフがここでも使われています。小さくか弱いチンアナゴたち、そして生物たちが生きるこの世界。過去、現在、未来の流れの中で、星のように輝く小さな命。だから何?ってことでもないけど、ただそのことを祝福する。この曲はそんな曲ではないかと思います。

 

チンアナゴLP Aqua Gallery」に続く