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歌詞について

歌詞について考えたことをまとめてみます。良い歌詞とはどんなものか?哲学的で深遠な学説を披露しても「じゃあテメーの書いた歌詞はどうなんだよ?」って言われたらアウトですし、哲学的で深遠な学説を披露できるほどモノを知っているわけではないので、自分が普段どんな姿勢で歌詞を書いているかをここでは中心に据えたいと思います。自分語りも出来て一石二鳥!

 

「歌詞」は「詩」と似たようなものですけど、曲に乗ってるところが違います。でも私はその違いをあまり意識してません。そもそもこれ言ったらこっから先読む気なくなるかもしれませんが、実は私はあんまり詩とか分からないんです。今まであんまり読んでこなかった。

メロディに乗せられた歌詞もあればほとんど喋ってるのと変わらないような歌詞もあります。歌謡曲ポエトリーリーディングなど音楽にはいろいろなものがあります。

歌詞のメロディの乗せ方。歌詞をいったいどう歌うか?これに関してはほとんど考えてません。感覚で判断してその時その時でボーカロイドに打ち込んでいます。フローや譜割りとかもあんまり考えてません。歌いやすいように歌わせています。これじゃテキトーの誹りを受けるかもしれないな。

とにかく私は「歌詞」と「詩」の違いをあまり意識してません。やっぱり意識したほうがいいのでしょうけどね。今後の課題です。

 

次に自分の歌詞についての姿勢。私は自分の歌詞を曲の二の次だと思っています。勝負してるところはあくまで曲の方であり、たとえ自分の歌詞が巧かろうがマズかろうがそんなものはラーメン屋の唐揚げみたいなものです。でももちろん、マズいのはよくないですね。

二の次なので手を抜いてるかと言えば場合によっては曲作りのあれこれよりも手の込んだことをしてることがあります。これは私が言葉を操作することが得意…というか比較的そればっかりやってきたので、ついつい手の込んだことになりがちなのです。イラストで目を描く練習ばっかりしてきたので顔を描いたら目だけやけに描きこまれてるやんけ!って感じでしょうか。

とにかく私の姿勢は曲が一番大事なんです。曲っていうのはつまり耳で聴くものです。たとえばあなたが日本語が分からない外国人だったとしても「歌詞の意味わからんけどこの音楽はなんかなんかだよな」と思ってもらえるかどうかがキモなのです。

だから私は曲(というかほとんどワンループのトラック)をまず先に作ってます。歌詞を最初に作ることはほとんどありません。

「だから」と言いましたが、歌詞を先に作るからと言って音楽の方を向いてないというわけではないと思います。そもそも音楽の方を向いてるとは?うーん。音楽についてもいろいろ思うことはあるのですが長くなるのでまたいつか別の機会に。

 

以上が私の歌詞についての姿勢です。それでは「私が良い歌詞にするためにやっていること」について語っていきます。

 

まず歌詞のテーマですけど、これは別にどうでもいい派です。私にも嫌いなものはありますけど、違和感がなければ寿司ネタを延々羅列しただけとかでもアリだと思います。マグロ・イカ・アボカド!みたいな感じで。

目的によってまた場合が変わってきますからねー。いったいなんの意味があるのか、あるいは意味がないのか。その目的・意味に沿っていればひとまず成功した歌詞と言えるでしょう。

しかし、ぶっちゃけ最初から目的や意味を自覚していることは私の場合少ないです。目の見えない豚が鼻を頼りに歩き回るみたいに作っています。だから投稿した後で「あ、これはああいう意味だったのか」と自分で分かることも多いです。どないやねんって話ですけどね。でも覚めた自分の考えをあんまり信用してない、というか「作為」というものに対してムカつくことがよくあるので、私はこういう作り方をします。考えて作るより考えないで作った方がいいというのはクリエイターとしての一つの敗北だろうとは思いますけど。まあでも自分の無意識は全部分かってると思いますよ。こんな作り方でも後から見直すと割とうまくできてたりするので。偶然頼み、しかし偶然は無意識の計算、なんてね。

テーマを最初から分かってることは少ないんですけど、だいたい結果的には「ちっぽけでしょうもない僕」みたいな感じになります。あまりにしょうもなさすぎてもういいかげんやめたいんですけど残念ながら私はこれくらいしか持ってないんですよね。頼れる無意識さんもさすがにこれしか用意してくれない。

「ちっぽけでしょうもない自分」これは良いテーマかというと、よくわからない。とりあえずこの他にどんなテーマが考えられるか、箇条書きで思いつくままに例をあげてみましょう。

・自然について「月が綺麗!海が広い!など」

・宗教について「神よありがとう!神は俺たちを見てくれる!など」

・感覚について「夢かわいい!宇宙のエナジー!など」

・愛について「君のこと大好き!お母さん大好き!など」

・社会について「政治家死ね!国家死ね!など」

・言葉について「文字落としやアナグラムなど」

だいたいこんな感じかと思います。他にもあるかな?

これはばっちり分かれてるわけではなくて、一つの歌詞でも自然賛美と宗教賛美が混じったり、宗教賛美と政治賛美が混じったりしていろいろな色合いになっています。

このどれがいいテーマでしょうか?どれも人によって違うとしか言いようがない気もしますね。

とにかく私にとって今現在一番大事なのは「何にも代えがたき特別な私」なので「自然ありがとう!」言われても「おう、そうかい」としか思わないし「想像力で宇宙を描く!」みたいなやつも「おう、そうかい」としか思わなかったりするのです。社畜の人は労働問題に関心を寄せるし、恋をしたら恋愛に関する話が普段より耳に入るようになりますからね。私はけっこう自分の曲を自分で繰り返し聴いたりするんですけど、やっぱりそういうことなんでしょうかね。。。

なんかもう良い悪いの基準がほぼ感覚的な話になってきて、それは「お前ん中ではな」の一言で論破されるんでダメなんですけど、ああ~まだ私はレベルが低いなぁ。頑張ります。

 

次は細かい話。

良い歌詞にするために私に何ができるかというとフワッとした感覚の判断くらいです。感覚的なものだからこれは説明がかなり難しい。ぶっちゃけテキトーと言われても何も言い返せないかもしれない。とりあえず書いてみて、細かい部分ずつ読んで引っかかるところはないか判断をしていきます。ちょっと出っ張ったところを平らにならしてみたり、違うと思った言葉を別の言葉と取り換えてみたり。だいたいそういう作業をフワッとした感覚でやっています。なんでこの言葉にしたの?って言われたら、まぁそれなりに説明できるでしょうけど、でも「思いつく他のどれよりこの方がいいと個人的に思った」というのがおおもとの理由になります。

歌詞の一連のリズムと、言葉の適切さが主な判断の対象になります。文章にもリズムはあります。言いやすさ・読みやすさと言って差し支えないと思います。それは何も俳句やソネットのような詩の形式の話ではなく、音韻や区切りなどの要素が細かく集積されたものだと思います。文章のリズムの巧さ。これは持って生まれたものだと村上春樹は言ってました。ある程度は訓練できるとは思いますが、やっぱり私も持って生まれたものだと思います。もしかしたら自分の心臓の拍の速さなんかも関係してるかもしれない。とにかく口で教えてできるようになるものではない…かな?

言葉の適切さというのも個人的な感覚です。私は言葉にはその人なりのカテゴリーというものがあると思います。単純な例で言えば日常会話で急にヤクザ用語を出すのはおかしい。言い方の問題ですね。変な言い方の感覚です。例を出してもっと説明します。こんな文章を考えました。「盲目の太陽が死すれば、神を滅ぼす獣が解き放たれる」この文章に特に意味は考えて無いんですけど、これが「盲目の太陽が死ねば、神を滅する獣が解き放たれる」だったらどうでしょうか。「死すれば」が「死ねば」に、「滅ぼす」が「滅する」になっています。果たしてどっちがいいのか?私の感覚では最初の方がいいと思います。どうして?と言われても個人的な感覚なのですから究極的には説明できませんが、それでも敢えて説明をしてみます。「死すれば」というのは「死ねば」よりも死を他人事のように見ている気がするのです。「死する」と「死ぬ」では、「死ぬ」の方が身近な言葉づかいなのでそう思うのかもしれません。「する」という動詞(?)で死を名詞的に使ってるのかな?多分そうですね。とにかく「死」があってそれを「する」。「盲目の太陽」なんてわけのわからないものの「死」をあくまで遠いところから眺めてるような気がします。逆に「滅する」というのは単純になんか変です。「死する」も変じゃないか!という人もいるかもしれないし、「滅する」は変じゃないよ!っていう人もいるかもしれないけど、これはもう個人的な感覚ですね。なんていうか「滅する」は中二病的な言い方の気がするんです。いや、元の文章自体めちゃくちゃ中二病やんけ言われたらその通りなんですけど。うーん。「妖怪を滅する」というのには使えると思うんですけど、「神を滅する」というのはちょっとおかしい。たぶんこの場合の神というのが「滅ぼされて欲しくない存在」で「高貴な存在」だからこそ、「滅ぶ」と普通に言った方がいいんじゃないか。「滅する」はなんだかチンケな存在が跡形もなく消されてしまうようなイメージです。例えば神という言葉でも、「ある土地に古くから住みついていた悪しき因習のような存在」だったら「神を滅する」という言葉も使えると思います。

というのが、だいたいの説明ですね。

 

もちろん私は歌詞を書きながらこんなことをいちいち考えてるわけではありません。考えてたらすごいです。私には根性がないんですねぇ。でもいつかやってみたいな。脱線しましたが「盲目の太陽うんぬん」はアドリブで今でっちあげたものです。まず書いてみて、推敲を重ねることで適切な言葉を選びました。これが一日明けてまた見返すと印象が変わっていたりするんで大変ですね。いやしかし無意識は本当にすごいですなぁ。考えなくてもフワッとした感覚で良い悪いを教えてくれるんですからね。でもこんなことやってたらいつかなんらかの罰が当たりそうな気もしますけどね。

 

とりあえずここらへんにしときます。 

分からないことだらけです。まだまだ考えていろいろ調べたらまたいつか書こうと思います。 

以上です。