背伸びをしたらなにもかもお終いよ

音楽の話、自分の考え

暗愚を認知

「本当に知識のある人間は、逆に自分のこと無知だと思ってる場合が多い」ということがありますけど、まぁ私もその手の人間でして、私は本当に何も知らないという気持ちで日々を過ごしております。

こんなアホなのだから、何かに対し判断を行うということを避けたい気持ちで、何かに対し評価を下すということを避けたい気持ちであります。

YMOのコントで「良いものもある 悪いものもある」というのがありましたけど、私は「それは分からんぞ」という感じです。いわば「相対主義」というものでしょうか。

なぜ分からないかというとそれは私の暗愚さゆえであります。私は暗愚であり、私を超えたところに真相の答えがあるという意識があります。何が良いか悪いかというのは私を超えた問題なのです。

そして私は思考停止に陥っておりました。

その先はない。暗愚につき思考停止。このまま死ぬ。

余談ですが、私が小学生の頃、当時は「イジり」なんて言葉は知りませんでしたけどもそれに相当する行為は子供達の間でよく行われていたのでした。

例えばあるものが誰か級友に「バカ」と言う。言われた方は怒る。

しかし私の場合は「バカ」と言われてふと考えてしまうのでした。彼の言うことはどうだろう、私はバカじゃなかろうか。

栴檀は双葉より芳しと言いますが、私は小学生の頃から己の暗愚を見つめていたのですね。

もっとも、私は現在の哲学的境地に鼻くそ食ってた頃から達していたというわけではありません。ここに来るまでに私なりの道筋があり、求道の旅は未だ続いております。

この前ですけど己の暗愚に一瞥をくれた時、この暗愚肯定姿勢に対するカウンター的自問を閃いた気がしたのですが、寝て起きて寝て起きてを繰り返すうちに忘れてしまいました。

閃いたことだけは覚えてあるのでこれで何か書けるのではとこの記事を書き始めたのですが、一向に思い出せないというね。

だからまぁ、思い出すまで全然違う話をしますけど。

祖父の家に帰省したのですけど、祖父は歩くのが遅くなっておりました。腰をめいだという話です。

祖父はもう高齢で85歳とかじゃないかと思います。

祖父は祖母によく暗愚と扱いをされておりました。カカア天下というものでしょう。覚えてるのは祖父が「ご飯炊けたから釜を持ってこい」と祖母に言われ、祖父はあっちんちんの炊飯器の内釜をタオルで包んで持ってきたのでした。祖母はそれを見て「炊飯器ごと持って来なさいよ」と怒ったのでした。祖母は数年前に亡くなったので、今となってはいい思い出です。

その祖父が、笑うのでした。今回の帰省で気づいたのですけど、祖父はなにがおかしいのか知らないけど笑うのです。昔からかどうかは知らないけれど、笑うのです。

「あっあっあっっ」

大したもんだねぇ。人間こうなりゃ、完成の域に近づいてるよ。

本当にこのまま何事もないのがいいね。俺自身のことは、別にいいが、祖父にはこのまま逃げ切ってほしい。

帰省しますと級友に会うということもありますが、その級友とは「家族を大切にしたい」という話を交わしたのですが。

そいつは二親揃ってますが、私の方は片親でお母さんしかいない。私のお父さんは今はどこかで孤独に暮らしてるのですけど。まぁ、もう会ってないので孤独に暮らしてるかどうかは知らないのですけど。でもお父さんは根暗なので、一回ヘタこけばもう二度と一人ぼっちじゃないんですかね。

まぁそんなわけで、二親揃ったそいつは親の心配を二倍しなきゃいけないけど、私は半分で済むと言うわけでございまして、グッドです、と、私はそいつにそういうことを言いました。

この話は暗愚とはあまり関係ないですね。

 

これは別に思い出したことではないけど、

みなさんのことが気になるということが言えると思います。

まぁ要するに、こっちは私一人ですけど、みなさんは大勢ですので、私は全てにおいて勝ち目がないのですね。

だからまぁ、自分は暗愚と言ってれば、イージーなわけです。カモフラージュという。世間に対して。

それは一つあるけども。

でも、やっていかんといけませんね。

やっていくのも大変ですけど。

まず本を読みますね。

しかし、本を読む前と、読んだ後で、一体私の何が変わったというのか。

音楽を聴きますね。

音楽を聴く前と、聴いた後で、一体何が変わったというのか。

むろん、変わってないこともないのでしょう。

ですがそれは、みなさまの眼前に提出して「どうでがんす」と言えるような代物じゃない。もちろん論理的に考えて、みなさんの眼前に提出する必要など毛頭ないのですけど。

この私を取り巻く他人の地獄。自意識。恥。生まれてすいません。自信のなさ。穴があったら入りたい。

それもまた暗愚の要因だと思います。

 

暗愚というものは、私の暗愚というものは、ただ観念的のみならずちょっとした質感を持っているように感じます。

頭蓋骨の底の澱。昔から将来のことを考えると思考がタバコの煙のように白く広がっていってしまうのですが、それとはまた別に暗愚というのは脳が羊羹になったような感覚です。

暗愚の脳は甘いのかしら、松本人志のビデオで「頭頭」ってあったけど。

まぁいいけど。

走って渡れるが止まると沈む泥沼のごとき思考の壁があるみたいな、握ると気持ちのいい球を握っていると握られていたのは自分だったみたいな。

バーカ!と思ってどうされたいかって、乳首を舐められたいみたいな。精子絞り足りないみたいな。

暗愚なんですけどね。

 

出口を探してる。