背伸びをしたらなにもかもお終いよ

音楽の話、自分の考え

インターネットでやるだけじゃキツい

まぁ、褒められるのは嬉しいですよね

でも「褒められるのは嬉しい」とか言うと、褒められる催促してるみたいで、嫌なんですよね

承認される悦びについて語るのは、なんだかsexについて語るような、憚られるような気がする

いろいろ作って、思ったよりウケなくて、ガッカリすることがある

でも「思ったよりウケないから、ガッカリする」と言ったら、なんかウケを催促してるみたいで、嫌なんですよね

優しい人はその発言を受けて注目してくれるじゃないですか

それで照れちゃうということが、何度かありましたけど

いや、そういうつもりじゃないのよ〜

ありがとう〜


やっぱりインターネットな

むずいよな


例えばライブで、オーディエンスを目の前になんかするという行為自体、何かこっちも受け取るものがあると思うのです

私は人前でライブやったのは、生涯で3〜4回くらいしか経験はないけど、しかも昔のことだからどんな感じだったか覚えてもないけど


インターネットは、まったくもう、分からないからね

他人に届いたのかすら分からない

だけども、再生数とか、200再生って冷静に考えたら結構なものですよ

え?200?3分の曲だとして、みんな合わせて10時間?半日も聞かれたやん。自分の音楽が世界で半日流れ続けたじゃん。

(詭弁だな、イントロで飛ばされることもあろうし、流れた時間=価値というわけでもない。でもまぁここはフワッとポジティブな波長を受け取ってください)


インターネットは聞かれた感じがあんまりない。(それは本やCDとして流通させるのだって同じだろうけど)

人がいる感じが分からない。

自分の作品を見たり聞いたりした人が、それで何を感じたのか、情報がまったく入ってこない


いや、聞いてる人はたしかにいる

良いと言ってくれた人もいる

それは忘れてはいけない

受け手としてメッセージを発信する人もいる

ただ、アーティスト側からの作品の何かが伝わりにくいように、聞き手側の作品を受けての何かもまた、アーティストには伝わりにくいものだ


松本人志は、自分が理解されてないという思いをしばしば口にしたことがある

それを口にしていた頃から松本人志は売れていた

売れてるにもかかわらず、理解されてないという思いがあったそうだ

でもそれはそうなのだ。売れてるから、ウケてるから理解されてるとは限らない

だから、創作は、理解以外の何かを求めないといけないのではないかと思うのだ


でも、ブログとかは違うよ

説明や評価は、伝わるための確たるメッセージが必要だと思う

これは「自分以後」のもの

笑いや、音楽や絵やなんかは、説明や評価以前の何かであると思う

これが「自分以前」のもの

まだよくわからないが、「自分以前/自分以後」というような概念を最近つかんだ

話がズレてきたけど、面白そうだしズレたまま進めよう


「通用する」って考えがあると思う

科学は通用する、理論は通用する

個人的な気持ちは通用しない、というか、通用する範囲が狭い

通用するというのは「理解できる可能性が高い」ということかな。

作品は「通用しないもの」、解説や評価は「通用するもの」

深く考えてないが、なんとなくそんな気がする

作品の解説が「通用しないもの」、つまり自分だけの感覚の話だと、それはもはや二次創作。

まぁ、それもいいんじゃない?

「通用するもの」はありがたい。それは建設的だ。生産的だ。それは尊いものだ。高尚な試みだ。

ある方法論に則ったものは通用しやすい。

だけど作品がないと批評ができないように、建設の前にカオスがあって、そのカオスの方も、良いものだな


プリミティブ

イノセンス

自分以前

イリュージョン

シュール

まぁそれぞれ意味は違うんだろうけど


いや、建設的な作品もあります

というか、「自分以前」なんて作品ばかりじゃないぞ

あくまで一例です

人の数だけ、かどうかは分からないけど、いろんな作品がある

何が言いたいか判然と致しませんな


話戻して、

インターネットでやるのだけじゃキツい

リアルを充実させたい

楽よ、インターネットは

インターネットはありがたいですよ

私みたいなのも、ボカロPできる

それはインターネットのおかげ

いろんな人を知れたのもインターネットのおかげ


ただ、私は金を払って、サービス業の人からサービス受けたりして、人とコミュニケーションをとるぞ

現実の人と話すのは自分の精神にいいんじゃないかしら

金を払って話を聞いてもらう

それが私には必要だ

そういう必要なものを、インターネットだけで、Twitterやブログを書いたりして、賄おうとしてもダメだな

インターネットは楽だ

もちろん、作品作るのは楽じゃないが

基本的に、置いて、機会のある人がそれを見るという関係はすごい楽

いい面もあるし、悪い面もある


けっこう前から思ってたんだよ

インターネットだけじゃダメだってな

うん

金を払って、私の話を聞いてもらおう

話聞いてもらいたい病かもしれない

話聞きたい病でもあるかもね

コミュニケーションに飢えてるんだ

コミュニケーションが満足にできない


A それは自分のせいでもあるけど

B 面白い人間が想像以上に少ないのだって悪いぞ

A いや、どんな人間も師になりえる、学ぶものはあるのだから、そこから何も引き出せないのは自分にも非がある

B それにつけても面白い人間おらんやん!!!面白いっていうか、波長の合う人間がおらんやん!!!

A だいたいそんなんおらんに決まっとるやろ!!そんな中でもやっていくんじゃ!!器用にやれい!!器用に!!

B 妥協しても面白くなさすぎるんじゃ!!辛い!!


まぁぐるぐる回りますね


あとなぁ、人との絡みが仕事関係だけになるとヤバい

最悪死ぬんじゃない?知らんけど

いろんな自分を持ってた方がいいよな

どれかでダメージ受けても、どれかでリカバリできればいい

(追記:

宗教というのは、同じものを共有できる、いろいろ人がいる、などにより「いろんな自分」が増やせるので、それが良いのだと思う。私は今は宗教には入る気はないが、いつか入ってもそれはおかしくない)


やる感じで


追記:

いいねがたくさん、再生数がたくさんもらえたって、多分追っつかないんじゃないのかな。好きだって言ってもらえたって、追っつかないんじゃないのか。

現実に金を払ってコミュニケーションすることで、果たして追っつくのかは別にそれも追っつかないと思うけど、でもまぁ楽になる努力はしたいから。


追記その2:

今日は爆笑問題のツーショット2017見て笑ったり、立川談志の「芝浜」を聞いて泣きそうになったりした。お酒に酔って楽しかったりした。

でもそんな日でも心が萎んだりする時間があったりするのだ。一日に満足できなかったりするのだ。

爆笑問題立川談志もすごいのにね、自分というのはまったくね、のっぴきならないものですな


追記その3:

なぜ人生が辛いってそれは簡単な話、仕事が自分にとって大変だから。

それが取り除かれれば楽になるし、逆にそれ以外でなんとかしようとしても辛いものは消えない。

だが、まぁ、経験や勉強をしたいので、(今の仕事を一生続けることはないと思うが)、今はまだ仕事は辞めないのだ。

簡単な話なんだな。