背伸びをしたらなにもかもお終いよ

音楽の話、自分の考え

音楽を作る人より、音楽を聴く人の方がすごい

私は音楽を作る

でもイライラすることもあって、それは「音楽を作るからってナンボのもんじゃい!」ということなんですよ

なんかそういうイラつきがある

むしろ音楽を聴く人の方が偉大だと思う

だって、他人の作った音楽を聴くんですよ?

なんか世界へと開かれてる感じがする

その好奇心に乾杯!


って言うのは、まあ、私と音楽における一種のプレイのためにそういうこと言ったりするわけ

そういう部分もあるのよ

自分が作る音楽とは恋人のようなものだとしましょう

恋人をちょっといじめたいわけですよ

だから「音楽作るなんて、しょうもない!聴く人の方が偉い!」と、そう言ってなぶるわけです、音楽という恋人を

そういうプレイなんですよ

お前なんか全然大したことない

無価値なんだぞ

そうやってなぶるのです

それが楽しい

分かるだろう?

で、音楽とSMみたいなことやって、

あー!音楽ちゃんが!音楽ちゃんがあんな!あんな姿に!!

バッバーン!バッバッバーン!!

みんな拍手!!

みたいな感じですよね


私の「音楽を聴く人の方が偉い」という意識にはそういう感じが含まれてるのだと思う

まぁ、

音楽を作るのは、なんかね

もう単に、自分のためじゃねぇかって感じ

人のために音楽作るのも、ちょっと気色悪いような気もするし


「別に一番好きじゃないのにそれをやる」っていうことの、そういうのがなんか良いって気持ちがあるんですよね

余裕がある感じがいいのかな、恋い焦がれてカリカリって感じじゃないような

「好きならそれを一番やる!」っていうのが悪いかどうかは分からないけど、それとは違って、なんかこう感覚として「別に好きでもないのにやる」っていうのに良さを感じたりする


でも不思議にね、それも一歩道を踏み外したらイラッと感じたりもすると思うのですよ

「お前なんで音楽やってんだ!そんなんでいいのかよ!」って、一歩間違えたらそう思う

この「外してる感」、どう外れてるか、難しいですね


アウトサイダーというか

中島敦の「名人伝」なのかな

作意とか、人のためとかって意識が、ちょっとね

音楽における、「無視」とか、「ズラし」とか、「約束破り」とか、「破綻」とか、「非常識」とか、

なんかいい感じですよね

でも難しい

(なんか「笑い」について語ってるみたい)


ただやっぱり人のために作ったりもすることがあるのではないかと思う

サービス精神

実はそればっかりだったりして

それは一枚めくれば自分のためだけど

その自分のためもまた一枚めくれば他人のため

いつものぐるぐる


音楽を聴く人は、慎ましい感じがしていいんだよな

「音楽を作る」よりは慎ましいだろう


でもやっぱり私には、「音楽を作っている」ということの、選民意識みたいなのはあるようだ

それは「私が私であることの選民意識」というのか。

誰も私と代わることができないだろう。

社会的には全然代わりはあるけど。


ここら辺の気持ちは、なんか文学的な感じがする。