背伸びをしたらなにもかもお終いよ

音楽の話、自分の考え

自分の作った曲が好き

soundcloud.com

 

↑この曲の最後の4小節? 5:03くらいのやつ、最後の部分がめっちゃ好きなんですよ

この曲は私が作ったんですけど

 

 

www.nicovideo.jp

 

↑これは私の作った曲ではなくて、wtnbという人の曲です

自分はぞぞぞの最後のやつ、wtnbさんっぽい感じがするんですよ、自分的には

 

百鬼夜行絵巻」で、最後には太陽が出てるんですね、で妖怪が逃げてるんです

そんな感じって言っても通じるかどうか分からないけど、好きなんですよ、そんな感じが

 

soundcloud.com

 

wtnbさんも"ぼんやりと現れた朝日"という歌詞があるので、似たような何かを持っているんじゃないかと思います、これは私の想像に過ぎませんが

 

でね、私の話ですけど

"ぞぞぞ"の最後って、落語の"芝浜"のオチみたいな感じがあると思うんですよ

芝浜は「よそう、また夢になるといけねぇ」というオチなんですけど、それはものすごく粋だと思う。なんでだろうと考えたら、きっと洒落っ気があるからなんですね。

それがものすごくカッコいいんですよ、芝浜は。

洒落っ気ですよ。本当に良いなぁ。カッコいいよ。

伝えるのが難しいな。

そこには寂しさもあるんですね。寂しくて、ぽつり、って感じがして。

世界が止まるような。一瞬だけ別の世界に行ってるというか。

まぁ、そういう洒落っ気みたいなところがぞぞぞの最後にはあるんですね。

好きだなぁ。

ぞぞぞはどういう筋なんだろう。別にこれだというのは考えてなくて、聴いた人が物語を作って欲しいところもあったんですよ。ただそういうことをするのにあの曲が親切にできてるかは分かんない。親切さとかは考えてなかった。

自分の解釈では、

病気で死んだ少女がいて、少女は恋をしてたんだけど叶わなかった。

時代は昔の日本で、江戸とか、町の方。

まぁなんとなくで作ったので、作者ですけど実際はぜんぜん分かんないけど。

死んで幽霊になってね、「恨めしや恨めしや」って、それは本気じゃないのよ。洒落なんですよ。洒落で怖がらせてるいたずらっ子という。

すごいなぁ。寂しいね。

冬の風がヒュウ―っと吹いて、太陽がぽかーんって出てくる。少女が死んだ町に。

 

別に私は天才ではないけど、

そんなかなりすごいものでもない。不器用で、稚拙なところもある。

でも、やっぱり自分で作るものは、自分の痒い所に手が届いてるって感じ。

 

www.nicovideo.jp

 

これは、ごっつええ感じのキャシー塚本感ですよね。

やっぱり自分の作るものってお笑いの影響をかなり受けてると思う。

ぞぞぞとかこれとか作ってる時とか、本当はギャグを封印しようと思ったりもしたんだけどまだ無理だった。

ぶん投げてるところが好き。

あと、始まりの、

いま目が覚めた→歯を磨いて→また眠る→無限に

起承転結してるという

もうここだけで終わりでもそういうネタとして成立しそうな感じ

この歌を鼻歌で歌いながら雪歌ユフが歩いてると、ばったり会った友達に「あ、ユフじゃん。また太った?」って言われて、「意味が分からんー!!」ってキレるというのが想像できてるんですよ私は。

よくキレるんですね、このユフは。たまにキレて物事をぶん投げる。

キャシー塚本が食材「ドーン!」ってぶん投げるみたいな。

この曲はサティの影響を受けているけど、サティはもっと軽かったり、神秘的だったりする。これでサティをモノにしたみたいには思えない。

歌詞で食材を言ってるのは、スーパーで買い物をしてる感じ。たまにはそんな程度の音楽がいいですね。狙ったわけじゃないけど。

3:05からの和音、良いですね。なんかシャンプーのCMみたいな感じ。雨に打たれて気持ちいいって"ショーシャンクの空に"みたいな。

最後は雑なんですよ。鍵盤を腕を横にして抑えて不協和音をガーン!からの礼のピアノですね。ドラドかドソドか忘れたけど。起立、気を付け、礼!のちゃーんちゃーんちゃーん。はい終わり終わり!みたいな。

ぶん投げてるという。もういろいろなことが嫌なんですね。

 

 

 

ライオンとか丸い龍にもいろいろあるんですけど。また今度にしよう。



追記:

この記事を書いたのは、自分の曲を聴いて起こる感覚というのが自分にあったからだ

それは自分にとって良いものだし、書いておこうと思った

他人の作った曲はここまで理解できることはほとんどない。やはり自分が作ったものだから分かるのだろう

逆に言えば、他人は私の曲を聴いても私と同じようには感じないだろう。それはつまり理解されてないということだが、別にそれでいいという風にやっていくしかない気がする

そもそもなにが正解かも分からない

理解というのは合う合わないもあるけど、どれだけ向き合っているかというのもあると思う。向き合った結果が理解ではなく誤解でも、それはそれで許されてもいいと思う。(中には許されなかったりもするが)

他人の作った曲を自分の作った曲のように理解するのが正解かどうかは分からない。ただそれはコミュニケーションであり、私が求めているものなのかもしれないのだ。

他人の作品から他人の孤独を感じることがある。だがそれでなんだと言うのだ。

私は無力だ。理解できない。